Blog活動日誌

良い日だったと…

 数年前、僕よりも若い友人が29歳という若さで自ら命を絶った。
 彼は未来政治塾の手伝いにも来てくれていた。

 塾の準備や後片づけの時にした無駄話。一緒に飲みに行ったお店や、塾の講義をした会場など、今でも近くに行くと思い出すことがある。

 僕からすると正直、彼が命を絶った理由は、些細なことに思えた。ただ、出来事に対しての受け取り方は人それぞれで、きっと彼には受け止めきれず、吐き出すことも出来ない孤独に苛まれたのだろう。

 そんな時、誰かが受け止めきれなかった「現実」を。彼の中に生まれた「孤独」を。少しでも一緒に受け止めることが出来ていたのなら。そう思うと今でも涙が溢れてくる。

 話は少し変わるが、タクシー運転手をしていた86歳の男性が、昨年事故を起こし、運転免許を返納したそうだ。一人娘は海外に住み、奥さんは特別養護老人ホームに入所。バス停までは歩いて20分。スマートフォンをもっているが、電話をかける程度。

 週に1、2回近所のスーパーに総菜や日用品を購入しに行くのと、バスで病院に定期受診する以外はコロナ禍もあり、外出を控えている。

 喫茶店でコーヒーを飲むこともなくなった。テレビを見て、誰とも会話しない1日もある。

彼は決して特別な存在ではなく、真面目に生きて来たありふれた高齢者の一人と言えるだろう。そんな彼の話を耳にした時に、彼が「今日は良い日だった」と、そう思えるような暮らしは、どうすれば生み出せるのか、彼に必要なものは何なのか。深く悩んだ。

 正直なところ、まだ答えは出ていない。

 ただ、それでも話を知ってしまった以上は、少し落ち着いたら彼の話を聞きにいこうと思っている。それで彼の中にある孤独が少しでも和らぐなら、こんなに嬉しいことはない。

 きっと僕たちが一番戦わなければいけないのは、孤独なのだから。

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