2026年8月21日 8月7日から熊本県の支援に出発
し前、熊本の被災地へ災害ボランティアに行ってきました。
実は、このことはこれまで発信していませんでした。
「政治家がボランティア活動をわざわざ発信する必要があるのか」「ボランティアはアピールするものではない」といった声をいただいたこともありますし、私自身も、そう受け取られるのであれば、あえて発信しなくてもいいのではないかと考えていました。
ただ、ある方から言われた、「議員という立場だからこそ、その手の批判は受け止めなければいけない。その上で、自分が経験したことを発信し、それを誰かの関心や行動につなげていくことも役割ではないか。むしろ、そうした形で社会に影響を広げていけるかどうかが、議員に求められる力量の一つではないか」という言葉が胸に刺さりました。
確かにその通りかもしれない。そう考え、少し時間が経ってしまいましたが、今回、熊本で感じたことを書き留めておこうと思います。
発災から10日後の8月7日。
議会会期中の委員会が終了した日の夜に、大津を出発しました。
支援物資を車に積み、向かったのは熊本県宇城市です。
新幹線なら3時間半から4時間ほどで熊本まで行くことができますが、今回は支援物資を運ぶため車で向かいました。
車体が沈み込むほど、水などの重い荷物を積んでいたため、運転にも気を遣いながら、途中で休憩を挟み、約11時間かけて現地に到着。翌朝から宇城市で活動に入りました。
一日活動して、改めて感じたことの一つが「暑さ」と「トイレ」の問題でした。
500mlのペットボトルを4本ほど飲んだにもかかわらず、この暑さの中、一日ほとんどトイレに行きませんでした。それだけ汗をかいていたということだと思います。
自分自身が活動する中でも、これは体調に大きく影響する環境だと改めて痛感しました。
ましてや、災害時にはトイレの環境そのものが十分ではない場所もあります。トイレに行くことを避けるために水分を控えたり、我慢したりすることで体調を崩し亡くなってしまうこともあります。
私はこれまで議会でも、災害時のトイレ環境の重要性について声を上げ、トイレトレーラーの導入について質問するなどしてきました。その後、滋賀県では最終的にトイレカーを購入しています。
こうした設備が被災地で少しでも役立っていてほしいと、現場で活動しながら改めて強く感じました。
作業を終えて、夕方には別の場所へ支援物資を届けました。
当初は雑魚寝をする予定で寝袋も持って行きましたが、それが難しくなり、急遽ホテルを探すことに。運よく泊まれる場所が見つかり、そこから車で約1時間走って熊本空港付近へ向かいました。
宇城市の被災現場から離れていくにつれ、かなり日常が戻ってきているように見える地域もあり、同じ熊本県内でも、少し場所が変わるだけで見える景色が大きく違ったのが印象的でした。
翌日は朝から、届いた支援物資の仕分けをお手伝い。
災害が起きると、全国からたくさんの支援物資が届きます。
しかし、物資が届けば、それですぐ被災者の手元に渡るわけではありません。
何が、どれだけ届いているのかを確認し、種類ごとに分け、必要としている人に届ける。
その作業をする人が足りなければ、物資がたくさんあっても、なかなかスムーズに届けることができません。
特に一つの段ボールに一種類だけの支援物資が入っていれば分かりやすいのですが、さまざまな物資が混在している場合は、一つひとつ仕分けをする作業が欠かせません。
できることは限られていましたが、少しでも現場の作業が進めやすくなればと、その時できる限りのお手伝いをしたつもりです。
その中で特に印象に残ったのが、生理用品の受け渡し方です。
支援物資として生理用品があっても、運営する側に男性が多ければ、女性から「どこにありますか」と声をかけにくいことがあります。
一方で、誰からでも見える場所に大きく並べてしまえば、それはそれでもらいにくい。
必要な人には場所が分かる。でも、周囲の目を必要以上に気にせず取ることができる。
そんなちょっとした配慮が、とても大切なのだと感じ、わずかですが工夫をしてみました。
また、活動中には、地元の方からアイスやカレーライスなどをいただくこともありました。
お断りしても、「食べてください」と言っていただきました。
自分たちの生活も大変なはずなのに、外から来た私たちのことまで気遣ってくれる。
その優しさには涙が出そうになりました。
私が熊本に災害ボランティアとして入るのは、今回が初めてではなく、10年前の震災直後にも熊本を訪れました。
(10年前の様子)
ただ今回、以前は聞くことがなかった現地で何度も耳にした言葉があります。
「せっかくここまで復興してきたのに、またかと思うと心が折れそうになる」
その言葉は、とても重く、何度も胸を締め付けられました。
一度大きな災害を経験し、長い時間をかけて復興してきた中で、再び災害に見舞われ「心が折れそう」になっている。
だからこそ、その「折れそうになる心」を、全国のいろいろな人が、それぞれの形で少しずつ支えていけたらと思います。
これまで東日本大震災や真備など、さまざまな被災地でボランティア活動に参加してきた中で感じていることは、支援の形は一つではないということです。
現地へボランティアに行く人もいれば、寄付や義援金で支える人もいる。ふるさと納税という方法もあります。被災地の商品を買ったり、落ち着いた時期に旅行へ行ったりすることも支援になります。SNSで情報を広げることもできます。
そして、今は特別なことができなくても、被災地に思いを寄せることも大切だと思います。
被災地のことをずっと「忘れない」でいることは、簡単なことではありません。
でも、何かの機会に「思い出す」ことはできると思います。
ニュースを見たとき、熊本の商品を見たとき、旅行先を考えたとき。
「あの地域は今どうなっているだろう」と思い出す。
そこから寄付をするかもしれない。旅行に行くかもしれない。誰かに話すかもしれない。
「忘れない」ことを求めるよりも、何かのきっかけで「思い出す」。
そして、その思いが何かのアクションにつながっていく。
そんな支え方も、とても大切なのではないかと思います。
今回も、私一人が現地でできたことは本当に限られています。
それでも、行ったからこそできたこと、見えたこと、感じたことがありました。
そして、それを発信することで誰かが熊本のことを思い出してくれるのであれば、それもまた私にできることなのだと思います。
こうして熊本での活動を終えましたが、予定よりも滞在時間が長くなり、大津の自宅に戻ったのは深夜2時頃でした。
翌日は議会の最終日。
「間に合わなかったらどうしよう」「翌日ちゃんと起きられるだろうか」と心配する慌ただしいスケジュールにはなりましたが、無事に出席することができました。
被災地に行くことだけが支援ではありません。
それぞれが、それぞれのできる形で支える。
そんな一つひとつのつながりが、被災された方々の折れそうになる心を支え、被災地に長く寄り添う力になればと思います。
野田武宏
#熊本地震
#災害ボランティア
#滋賀県議会議員野田たけひろ

















