Blog活動日誌

2026年8月15日 一文字に対する思い

8月15日、終戦から81年を迎えました。

先の大戦で亡くなられたすべての方々に、心から哀悼の意を表します。

 

私は戦争を経験した世代ではありません。
それでも、その記憶や教訓を次の世代につないでいくことは、今を生きる私たちの責任だと思っています。特に、政治に携わる人間には重い責任があります。

 

戦争は、地震や台風のように自然に起きるものではありません。
国と国との対立があり、その中で政治の判断が積み重なり、最後には多くの人の命や日常が奪われていきます。

だからこそ、政治には戦争を起こさない責任があります。

 

8月15日の全国戦没者追悼式で、高市総理は、

「戦争の惨禍を、二度と繰り返させない。」

と述べました。

 

引っかかったのは、「繰り返さない」ではなく、「繰り返させない」という言葉です。

「せ」があるか、ないかの違いですが、その一文字に大きな違いを感じました。

「繰り返さない」であれば、その主語は私たち自身です。

私たちは二度と同じ過ちを繰り返さない。
日本は二度と戦争の惨禍を繰り返さない。

それは自分たち自身への戒めとして、受け取ることができます。

 

一方で、「繰り返させない」となると、どうしても「誰に」繰り返させないのだろうと考えてしまいます。

 

私は政治家は常に主体的であるべきだと思っています。

特にこの国で戦争について語るのであれば、まず考えるべきなのは、誰かに何を「させないか」ではなく、自分たちが何を「しないのか」ではないでしょうか。

ましてや8月15日は、日本自身が戦争を振り返る日です。

 

世界から戦争をなくすための外交努力も必要ですし、他国に戦争を起こさせないための国際的な取り組みも大切です。

ただ、それを語る前に、まず自分たちはどうするのか。
日本の政治を担う者として、「私たちは二度と戦争の惨禍を繰り返さない」と、自分たちを主語にして語ることが先ではないでしょうか。

 

今回の「繰り返させない」という言葉を考える上で、高市氏が過去に国会で行った発言も話題となり、大変気になっています。

 

1995年3月16日の衆議院外務委員会で、高市氏は戦争をめぐる「反省」について、

「少なくとも私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております。」

と発言しています。

私は、この考え方には同意できません。

今では、日本で暮らす人のおよそ9割が戦後に生まれた世代で、私もその一人ですが、当事者ではないことと、過去の反省や教訓を引き継がなくていいということは、まったく別の話です。

 

そもそも、当事者でなければその気持ちに寄り添うことができないのであれば、私たちは地震の被災者や犯罪被害者をはじめ、自分が経験したことのない多くの人たちの痛みや苦しみに寄り添うことができなくなってしまいます。

 

それでも政治は、その人たちの立場に立って考えなければならない。

だからこそ、政治家には、想像力が必要なのだと思います。

 

自分が経験していないから分からない。
自分は当事者ではないから関係がない。

それでは政治はできません。

その人が何を失ったのか。
どんな不安を抱えているのか。
自分が同じ立場だったらどう感じるのか。

完全に理解することはできなくても、想像しようとすることはできます。

 

そして、想像力が必要なのは過去や現在のためだけではありません。

政治は、まだ起きていない未来について考える仕事でもあります。

今はまだ見えていない問題が起きた時に何が必要になるのか。
これから社会がどう変わり、どんな人が困るのか。
その時に備えて、今何をしておくべきなのか。

 

想像できなければ、未来のための政治もできません。

 

戦争を経験していない世代が政治の中心を担う時代になったからこそ、過去に何があったのかを学び、自分たちの国が何をしたのかにも向き合い、その教訓を次につないでいく必要があります。

 

「自分は当事者ではないから」という理由で、反省まで自分とは関係のないものにしてしまって良いとは思えません。

 

戦後81年。

戦争を直接知る人が少なくなっていく今だからこそ、8月15日は、誰かに戦争をさせないと誓う前に、まず私たち自身が過去を振り返り、「二度と繰り返さない」と確認する日であってほしいと思います。

 

戦争で犠牲になるのは、そこで普通に暮らしている人たちです。

家族がいて、仕事があって、夢があって、本来なら続いていたはずの日常がある。

 

その日常を政治の判断によって奪わないこと。
そして、日本自身が二度と戦争の惨禍を繰り返さないこと。

8月15日、政治に携わる一人として、その責任を改めて考えました。

 

野田武宏

 

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