2026年7月3日 台湾の昆山科技大学の学生たちと
みなさん、こんにちは。
滋賀県議会議員の野田武宏です。
7月1日のびわ湖の日に、滋賀県庁で開催されたレセプションに出席しました。
今回は、滋賀県と友好関係にある台湾・台南市の昆山科技大学から、インターンシップとして9名の学生の皆さんが来県され、これから1年間、県内5か所のホテルなどで研修に取り組まれます。

会場では、学生の皆さんとも直接お話しする機会をいただきました。日本語で一生懸命に挨拶される姿がとても印象的で、日本に対する好意的な思いや、これから滋賀で学ぼうとする前向きな気持ちが伝わってきました。
レセプション後には、学生の皆さんに名刺をお渡しし、「日本で何かあれば、いつでも電話してください」とお伝えしました。
これは社交辞令ではありません。慣れない国での生活には、楽しいことだけでなく、戸惑うことや困ることもあるかもしれません。そんな時に、1つでも多くの頼れる先があると感じてもらえたらと、本気でそう思ったからです。

自然とそう思えたのは、台湾が私にとって、とても思い入れの深い場所だからです。
初めて海外に行ったのは2012年、台湾でした。
当時、台湾出身で日本に帰化された方と親しくなり、その方が、海外旅行の経験がなかった私に、「野田さんは海外を見ておいた方がいい。必ず自身の役に立つ」と声をかけてくださり、その方の弟さんの結婚式に招かれ、台湾を訪れることになりました。

さらに、ご自身の大学時代の同級生と調整してくださり、同級生のご自宅にホームステイする手はずまで整えてくださいました。
その時に強く感じたのは、このきっかけも含めた人の温かさと、日本に対する親近感です。現地では一緒に写真を求められたり、日本語で話しかけていただいたりすることもありました。
また、台北の二二八和平公園を訪れた際には、現地の方から話しかけられ、「自分は江戸幕府の将軍の名前を全部言える」と言って、実際にすべて言ってくださったこともあります。もっとも、私の方が全員を覚えておらず、正しいかどうか確認できなかったのですが、それも含めて、今でも忘れられない思い出です。

人の温かさ、礼儀、親しみやすさ、そして行政のDX化のスピード感など、私にとって台湾は、どこか「昔の日本がなりたかった日本」のように感じる場所でもあります。
昔の日本がこれから先にこうありたいと感じていたもの、大切にしたいと思っていたもの、そして今の日本が失いつつあるものを感じる機会が多いからです。
もちろん、国も社会も違います。また、私が台湾を訪れたのは2012年のことであり、現在の台湾について私が触れている情報にはネットなどを通じたものも多く含まれます。
そのため、単純に比べられるものではないと理解はしています。
それでも、台湾を訪れた時、今回、昆山科技大学の学生の皆さんとお会いした時、そしてコロナ禍などで台湾の対応に触れた時、今の日本がどこかに置き忘れてきたものを感じる瞬間がありました。
日本と台湾は、文化的にも近く、お互いに良い刺激を受け合える関係だと思います。だからこそ、行政や経済だけではなく、若い世代同士の交流、地域での交流、人と人との交流を、これからさらに積極的に広げていきたいと感じています。
これから学生の皆さんには、ホテルなどでの研修を通じて日本の接遇や観光の現場を学んでいただくとともに、何よりも滋賀での日々を楽しく過ごしていただきたいと思います。
たくさんの良い思い出と経験を胸に、1年後、笑顔で帰国していただけることを願っています。
そして、この一年が、学生の皆さんにとって実り多い時間となり、滋賀と台湾、そして日本と台湾の友好がさらに深まるきっかけとなることを心から期待しております。
野田たけひろ
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